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川島葵さん

  • info61541
  • 2019年10月14日
  • 読了時間: 13分

更新日:2020年12月18日


川島葵









ーーアナウンサーになりたいと思うようになったきっかけを教えてください。


1982年愛知県岡崎市の生まれなんですが、最初にアナウンサーになりたい、喋る仕事がしたいなと思ったのは幼稚園の時です。

楠田枝里子さんが クイズの司会をやっているのを見て、かっこいいなあって。女性でもこうやって場を仕切って進めていくことが出来るんだって幼稚園の時に思いまして。その頃一番遊んでいたオモチャがマイクだったんです。

それ以降も「喋るぞ!アナウンサーになりたい!」って気持ちをまわりにも話していました。その軸があったので、勉強の分野にしても「将来につながるものを」という意識で選んでいましたし、スポーツは「声が出せるものがいいな」とか「これは将来喋りに役立つだろうか」など、取捨選択がしやすかったかなと思います。今でも幼馴染や小学校時代の友人に会うと「本当に変わってないね」と言われます。目指すのが早ければ良いってわけではないんですけど、早いと物事に取り組みやすいかもしれませんね。



ーー大学時代はゴスペルサークルに所属されていたとお聞きしました。


はい。声を出したいっていうのと、歌が大好きというのも小さい頃から変わらないんです。その元になってるのが「マイクが好き」という気持ち。昔から「マイクに自分の声を乗せるとどうなるんだろう?」という興味があって、それが歌やお喋りに繋がっているんだと思います。大学に入った時も「大人数の前で歌いたい」という気持ちでゴスペルサークルを選びました。さらに放送サークルと、落語研究会にも所属していました。

 ゴスペルサークルのコンサートでは、歌だけじゃなくて曲の合間にMCがあります。そのMCでいかに盛り上げ、曲の世界に入ってもらうかということを学生時代からできたので、ありがたかったですね。目の前にいるお客さんの反応を見ながら話を変えていくということを学生時代から取り組めたのは、とてもいい経験で、ありがたかったなあと思います。



ーー学生時代将来アナウンサーを見据えて意識してやっていたことなどはありますか?


小さい頃からいうと小学校の時はバスケット部だったんですが、プレイも頑張っていたんですが、応援する時の発声は常に意識してました。



ーーそれはもうアナウンサーを意識して?


そうですね。「将来的に声を使うぞ」っていう気持ちがあったので。小・中がバスケット部だったんですけど、その時も常に意識はしてました。実は高校はバスケット推薦で声をかけてもらったところに入学したんです。そこの高校ではバスケット部も頑張っていたのですが、放送部がとても優秀な高校だったんです。それで、入学したときに「掛け持ちできないかな・・・」「どちらを選ぼうかな・・・」と悩みました。そしたら「放送部を選択しても良いよ」ということを学校に言ってもらえまして。それで放送部に入部したんです。放送部の先生がとても熱心で、「クセをつけない」ということと、「伝えること」を意識しなさいと常に言われていました。あと基本の発声が出来てないと何を喋っても信用してもらえないから、まずは基本の発声練習を!と。先生の教えは今もしっかり残っています。

大学は上智大学文学部新聞学科で、ジャーナリズムを学べる学科でした。「いつか自分の言葉で喋る仕事がしたい」という気持ちがあったのでこちらを選びました。新聞学科で学びつつ、サークルやアルバイトは声を使えるものをしていました。



――どんなアルバイトをされていたんですか?


居酒屋さんです。接客も掛け合いの一つですもんね。掛け合いの中で少しでも自分を鍛えたいという気持ちがありました。さらに家庭教師のアルバイトもしていました。そこでは、子供たちにいかに楽しく、いい気持ちで勉強に向かってもらうかを考え、そのためには何をどう話したらいいかということを考えていたと思います。



ーー一見アナウンサーに直結するバイトではないように感じますが、意識次第で何でも勉強になるという事ですね


そうですね。高校時代に相当先生に鍛えてもらったので、アナウンスの基本的なことは大丈夫という自信があったんですよね。だからそれをどんどん試す方向に意識が向かっていたんだと思います。基礎がないと「本当にこれでいいのかな」という不安を抱えたままだったかもしれないですけど、高校時代に教えてもらったものがあったから、大学時代はとにかく場数を踏んでいこうという気持ちで過ごしていたと思います。その中で司会を見てくださっていた映画会社の方が声をかけて下さって、映画のキャンペーンに司会者として一緒にまわらせてもらったりとか、色んな機会をいただきました。



ーー学生時代には具体的にどのような活動をされていたのですか?


大学のミスコンの司会を頼まれて進行していたんです。そこに映画会社の方が来ていらっしゃって、「よかったら映画『下妻物語』の公開キャンペーンに司会者として参加しませんか?」と声をかけてくださって。さらにその後公開された『スイングガールズ』キャンペーンでも司会をやらせていただきました。出演者の方が同年代で、トークも弾むんじゃないかと。各地を一緒にまわらせてもらいました。



ーー逆に学生時代にこれやっておけば良かったなってことはありますか?


喋りのためにできるは常に考えていたんですけど、就職活動の情報収拾が弱かったんです。アナウンサーの募集って他よりも早かったりするのに、情報収拾が遅かったというのは反省点ですかね。また着る物やお化粧など、自分をどう見せるかということにはあまり関心がなくて、就職活動のとき、研究しなかったことも反省点です。



ーーどんなところを受けられたんですか?


東京のテレビ局に「アナウンサー」で出しました。ラジオアナウンサーに興味はあったんですが、その時の東京のラジオ局ではアナウンサーの採用がなかったんです。他の地域の試験もトライし、色々受けた中で「東海ラジオ」が採用してくれたんです。

実は、当時アナウンサー試験は一段落して、採用枠がなかなかなくて、「ああ、もう難しいのかな…」って。話す仕事に就くために事務所に入るか、他の方法を考えなきゃいけないなって思っていたんです。ちょうどその時、学生時代に勉強してきた教員免許を取得するための教育実習の時期がきまして。就活が終わってない状態で出身高校に行ったんです。その時に高校の放送部の指導を手伝うことになったんです。そしたら部員のみんなが一生懸命に練習していて。「この子達に恥ずかしいままで終わるわけにはいかないな」って思って、就活をもうひと踏ん張り頑張ろうと決意できたんです。



ーーテレビのアナウンサーとラジオのアナウンサーで比べてラジオのアナウンサーは枠が少なくて難しいんでしょうか


そうですね。正社員で採用しているところはキー局だとほとんどないのではないでしょうか。地方局だと少しあると思うんですが、テレビとラジオが兼営だったりすると、テレビもラジオもっていうことはあるんですけど、ラジオ単営の場合は採用枠は少ないかもしれませんね。事務所に入って、ラジオのアナウンサーとして来てる方も多いですよ。採用は縁もあるし、その年によって募集がある年もない年もありますから、なかなか思い通りにいかないかもしれません。



ーー現在はフリーアナウンサーとして活動されているんですね


私は社員としてラジオアナウンサーを7年やらせてもらいました。その後結婚を機に東京に越すことになって退社しました。本当は会社を辞めたくなかったのですが、フリーランスとして仕事をしていくことに決めました。そうしたら東海ラジオの東京支社で話させてもらえることになって・・・退社から間をあけずに番組でお話させてもらえるようになったんです。

ラジオはとっても面白いです!!まず話している人が面白い!!ラジオで喋っている人は普段からノンストップで話している人も多いですよ!!



ーー喋りに特化している方が多いんですね


喋り好きの方が多いですし、何かに熱中している人が多いですね。鉄道とか飛行機とか音楽とか映画とか。



――テレビのアナウンサーとラジオのアナウンサーの違いはそういうところにあるんですかね?


そうですね、テレビのアナウンサーの方も、もちろん面白い方が沢山いらっしゃって、喋っていてもすごく話題が豊富だなあって思うんですけど、仕事中どこに一番注意を払うかっていうのは違うかもしれませんね。テレビだと映像が映っている中どう進行していくのかっていうのがあるんですけど、ラジオの方は見られていることは気にしなくていい分、三つ四つ同時進行で進めているということはあるかもしれませんね。またテレビだとチームが大きいですね。プロデューサーさんがいてディレクターさんがいて、ADさんがいて。ラジオは最少1人でやることもありますし、2人、3人ということもあります。 その分、自分の喋りに責任を持たなきゃいけないなと感じます。



ーー台本とかも結構ご自身で書かれたりするっていう話を聞いたことあります


はい。自分で台本を作っていたこともあります。ラジオをやっている人だと「2時間喋ってくださいって言われても大丈夫」という人は多いかもしれませんね。



ーーラジオはリスナーの方との距離感が近いイメージがあります


街中歩いていて「こんにちは!」って声をかけられたので、誰かわからないまま私も「こんにちは!」って返してお話したんですが、後で番組に「先ほど声をかけました、ラジオネーム〇〇です」ってメールがきて、「あ!〇〇さんか!」ってなったこともあります。距離感が近く、家族のように感じます。



ーーちょっと話が戻るんですけど、アナウンサー試験の時に何を軸に話されていたんですか?


旅行の話をしていたかと思います。姉が旅行会社に勤めていて、休みになると色々な国を旅していたので。また地元の成人式を同級生と企画させてもらった話もしました。何も頼まれてなかったんですけどこっちから企画をやらせてください!って。そこから一緒にやってくれる友人を集めて。そうしたら市も協力してくれて。

でも 就職試験で何がヒットしたのかはわからないですね。自分ではあんまりだったかなと思っても、通ることもありましたし。本当に相性かもしれないですね。

東海ラジオの人に、どうして採用してくれたのか聞いたことがあります。そうしたら「一緒に働いたら楽しそうだなと思った」という返事でした。

ラジオの試験では一つのキーワードについて「3分話しなさい」とか、音楽はどんなジャンルを聴きますか?などの質問がありました。その時私はゴスペルサークルにいたということもあって、外国のアーティスト含め、よくライブに行ってたんですね。まだメジャーじゃないけどとてもカッコいいお気に入りバンドがいくつかあって、そういう人たちの話をしたんです。そうしたらディレクターさんの中で音楽好きな方がいて、「そんなバンド知ってるんだ」って。逆に「僕実はバツをつけてたんだよ」って後で言ってくれた人もいました。「どうしてバツだったんですか?」と聞くと、「小慣れてる感が苦手だった」と。



ーー難しいですね…


私は面接をする側を経験したことがないんですよ。もし経験していたら、皆さんにアドバイスできたのかもしれないのですが。

ただ周りの人に聞くと、大学生で積極的に動いてる方は魅力的だけど、自分の過ごしてきた世界が全てだと思って話してる学生さんを見ると、心配になるというのは聞いたことがありますね。大学生活の中でも素敵な世界が広がってると思うんですけど、「僕・私がいる世界が一番」という視線だと「視野が狭い」と受け取られてしまうかなと思います。私達もそうですけど、1人が経験できることって限られてきますから、それを自覚してお話するのと、しないのとでは印象も変わるんじゃないかと思いますね。





ーー川島さんはMCなども多くされていますが、簡単にMCのコツなど教えて頂けますか


まず(ゲストが誰か)わかった時点で準備します。その方の作品を見たり、雑誌のインタビューを読んだり、TwitterなどSNS系をチェックしたりするんですが、もし時間がないというときは、その人に詳しい友人がいないか探します。例えば宝塚出身の方の司会をやらせていただく場合、自分でチェックしても間に合わない!ということがあります。そういう時は詳しい友人に「これに関して教えて欲しい」ってお願いするんです。そうすると熱を持って教えてくれるので。



ーー好きなことは語れますもんね。


そうなんです!いろいろなことに詳しい友人は本当に頼りになります。司会ではファンの方との距離をなるべく近くなるようにと意識しています。ファン目線で情報をチェックしておくのもいいかもしれません。

また予定していた流れと違う流れになったり、答えが違う方向にいってしまうこともあると思います。会場のお客さまは1秒でも間が空くと「この司会の人、大丈夫かな?」って不安に感じてしまうんです。変な間を作らず、流れを作っていくためには、言葉や表現をたくさん準備しておいた方がいいと思います。例えば予想外のことが起きた時、わたわたするのではなく、「私にもこんなサプライズをありがとうございます!」と言いながら元の流れに戻していくとか。そういうクッションになるような言葉をいくつか持っていたら進行しやすい気がしますね。



ーーさらに具体的に教えていただけますか。


例えばウエディングで音楽が流れるはずのところで流れないということがあったら「この無音がまたたまりませんね。おふたりの心臓の鼓動が聴こえてきそうです。こんな静寂を皆さんと共に堪能できるなんて特別なことですね」と言ってみたり。みんなが気になっているところをすくいながら、安心していただけるよう心がけています。



ーーなるほど。お客さん目線で進行するという事ですね。


はい、そうです。また、イベントが終わったら企画者の方に司会がどうだったかすぐに聞きます。「気なったことありませんでしたか?」って。あとは自分が気になったところを「あそこはこの流れでよかったですか?」とか「もっといい方法ありましたかね?」と聞いて、反省点をその日のうちに聞いていくということを心がけています。



ーー学生時代に考えていた目標と、今の目標があれば教えていただきたいです。


その頃考えていた目標は喋る仕事をしたいなと思ってたんですよね。その目標は叶えられていると思います。今の目標は、自分の名前が入った冠番組「川島葵の○○○○」っていう番組をできたらいいなと思っています。でもこれからも何が起こるかわからないですね。2017年、2018年、「PON!」に出させてもらって、テレビは初めてだったので緊張してガチガチになっちゃうんじゃないかなと思っていたのですが、とっても楽しくて。これからも素敵な方達といい仕事がしたい、っていうのがもう一つの目標ですかね。



――最後に学生に向けてなんか一言メッセージをお願いします。


就職活動は本当にキツイな、苦しいなと思うかもしれないですが、とにかく楽しんで取り組んでください!!また全ての勉強・遊びが将来に何かしら繋がってくると思うので、無駄だと思わず全力投球してもらいたいなあって思っています。あと喋りに関していうと、経験したことを自分だったらどう魅力的に伝えられるかなっていうのを日頃から意識して話すようにしておくといいかなと思います。あとは友達を大切にして下さい。 社会人になって友人のありがたみをひしひしと感じます。友人が偉くなって司会に声をかけてくれるなんていう喜びも。学生時代から喋りをやりたいやりたい!って言ってきてよかったなって思いますね。



とにかく喋る事が大好きな川島さん。終始笑いの絶えないインタビューとなりました。

ご協力ありがとうございました。

 
 
 

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